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名古屋高等裁判所 平成7年(行コ)12号 判決 1996年9月04日

控訴人 李航大

被控訴人 津市長

代理人 加藤裕 樹下芳博 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成四年一〇月一五日付けでした外国人登録申請却下処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求めた。

二  被控訴人

控訴棄却の判決を求めた。

第二事案の概要

一1  控訴人の父李在一(朝鮮籍で特別永住者の資格を有する、以下「父在一」という。)と母松本晴美(日本国籍を有する。以下「母晴美」という。)は、昭和六二年五月二〇日婚姻し、同年一一月八日、三重県津市において、控訴人が出生した。控訴人は、出生により朝鮮国籍と日本国籍の二つの国籍を取得したが、戸籍上は、同月二四日付け届け出により、両者間の長男として母晴美の戸籍に入籍した(<証拠略>)。

2  母晴美は、平成元年、津地方裁判所に離婚訴訟を提起したが、津家庭裁判所の調停に付され、平成四年三月二三日、両者間に、控訴人の親権者を父在一、監護者を母晴美とする(ただし、調停成立の日から一年後に控訴人の親権及び監護権の帰属の変更について協議する。)ことなどを内容とする調停離婚が成立した。

母晴美は、右調停に基づき、現在その住所地である津市緑が丘一丁目二一番地の一において、控訴人と同居し、控訴人の監護養育に当たっている。(<証拠略>)

3  他方、父在一は、右離婚調停成立の直後である平成四年六月二日、控訴人の親権者として控訴人の日本国籍離脱の届出をした結果、控訴人は日本国籍を失い、母晴美の戸籍から除籍され、住民基本台帳からも抹消された(<証拠略>)。

4  そして、父在一(住所地・<略>)は、平成四年六月二四日、被控訴人に対し、控訴人に代わって、外国人登録法(以下「外登法」という。)三条の規定に基づき控訴人の外国人新規登録の申請をした(以下、右申請を「本件申請」という。<証拠略>)。

被控訴人は、同年一〇月一五日付けで、父在一に対し、同人は外登法一五条二項に規定する「外国人(控訴人)と同居する者」には該当しないから、本件申請は不適法な申請であるとして、本件申請を受理しない旨通知した(以下、右の本件申請を受理しないとの処分を「本件処分」という。<証拠略>)。

なお、被控訴人は、平成四年七月ころから同居人である母晴美に対して、控訴人につき外国人新規登録申請をするように促したが、母晴美は、津家庭裁判所に親権者を母晴美に変更することを求める調停の申立をしていることを理由に、同年八月八日ころこれを拒絶したため、被控訴人は同年九月九日、母晴美について、右申請義務不履行による過料事件として津簡易裁判所に通知を行った(<証拠略>)。

5  本件は、父在一が、控訴人を代理して、被控訴人に対し、本件処分は、外登法の解釈を誤ったものであり、また、憲法二二条(国籍離脱の自由)、若しくは、国際人権規約B規約二四条(児童の保護の措置、登録される権利)に反し違法であるなどと主張して、その取消しを求めた事案である。

原審は、控訴人の請求を棄却した。

6  なお、母晴美は平成四年七月三一日津家庭裁判所に控訴人の親権者を母晴美に変更することを求める旨の親権者変更の調停申立を、父在一は平成五年二月一日控訴人の監護権者を父在一に変更することを求める子の監護者変更の調停申立を津家庭裁判所にそれぞれしたが、右各調停事件は、平成六年三月三日調停不調により審判手続に移行し、津家庭裁判所は、平成八年二月二九日、母晴美の申立てを認容し、父在一の申立てを棄却する旨の審判をした。これに対し、父在一は右審判を不服として即時抗告し、右抗告事件は、現在、当高等裁判所に係属中である(当裁判所に顕著な事実)。

二  本件の争いのない事実と争点及び争点についての当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由欄の第二の一ないし三に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

1 原判決二枚目裏六行目、同七、八行目、同九行目、同一一行目、同三枚目表一行目、同五行目、同五枚目裏六行目、同六枚目裏四行目の各「春美」をいずれも「晴美」と改める。

2 同三枚目裏六行目末尾の次に行を改めて「そうでないとしても、父在一による本件申請を事務管理による外国人登録申請の代行として受理すべきか。」を加え、同七行目「二四条」を「二四条一、二項、児童の権利に関する条約七条一項等」と改める。

(控訴人の当審主張)

1 外登法の目的と外登法一五条二項にいう「同居者」の解釈について

外登法は外国人の人権ないし諸利益保護をも目的としているのであり、同法一五条二項にいう「同居者」の意義も人権保障的観点から見直す必要がある。すなわち、控訴人の登録権を保障する観点から見るときは、同法一五条二項が、代理申請できる者の範囲を「同居者」に限定しているのは、余りに限定しすぎていて、不合理な規定であるといわなければならない。

本件において、控訴人の登録権を保障するためには、右条項にいう「同居」概念を拡張解釈して、控訴人の親権者である父在一からの申請を「同居者に準ずる者」からの申請として受理するか、もしくは、事務管理による代行として受理するなど、合目的的に解釈しなければならない。

外登法一五条二項の「同居者」の範囲を考える場合、重要なことは、代理人によって外国人登録申請をしようとするとき、その代理人が当該外国人の同法四条に定める登録事項を正確に登録できるよう、これを担保できる立場にあるか否かであって、その代理人が起居を現実に共にしていることなどを必ずしも不可欠の要件として拘泥すべきではない。控訴人に対する現実の監護養育については母晴美がそれを担っているとしても、親権者である父在一も親権者として親権を行使し、法定代理人としてその包括的な代理権等を行使する立場にある。父在一におけるかような機能の所在をふまえたとき、同人も控訴人に関する居住関係及び身分関係について熟知する立場にあると考えるべきである。したがって、父在一が控訴人と現実に起居を共にしていないとしても同人を「同居者」に含めることは法的解釈として十分可能である。

そして、親権者による登録申請を認めても、右各登録事項を明らかにして申請されることにより、外登法の一方の目的である、日本国及び日本国社会の利益保護は十分達成され得る。そうすると、あとは当該外国人の登録を受ける利益を保護することによって人権保障の実を得るという同法の他方の目的との調整でみると、右法定代理人親権者による申請を受理しない正当な根拠は何ら見当たらない。

以上の次第であるから、同法一五条二項の「同居者」とは、外国人登録の正確性を担保できる者であり、それは具体的には、起居を共にするなど実質的に当該外国人と共同生活をしている者のみならず、本件の親権者法定代理人など右に準じる者をも含む概念というべきである。

2 申請義務者以外の者に登録申請資格を認め得ることについて

外国人が一六歳に満たない場合等自ら申請をすることができない場合は、通常は同法一五条二項に定める代理申請義務者である「同居者」が申請義務を負う。しかし、右代理申請義務者が右申請義務を履行しないときは、正に当該外国人の人権ないし諸利益保護を図るため右義務者以外の者の申請資格者の登録申請の権利が顕著となってくるのである。即ち、申請義務者が右申請義務を履行しないとき、外登法は当該外国人の人権ないし諸利益保護という目的のため、当該外国人を未登録のままに放置することを是認していないというべきであり、したがって、右未登録状態解消のため、申請義務者とは別個に申請資格者の存在を認めていると解すべきである。また、そのように解することによって「公益」の実現を図る一方で当該外国人の個人的権利利益を保護することもできるのである。

そうすると、本件において、仮に控訴人の親権者父在一が「同居者」に含まれないとしても、控訴人自身の人権ないし諸利益保護のため、当の控訴人自身が外国人登録の権利を有する申請資格者であるにもかかわらずその行使ができないのであるから、このような場合文字通り法定代理人としてその親権者である父在一が代理申請資格者の立場で登録申請できることを同法は許容しているというべきである。

3 事務管理による外登法上の申請について

東京高裁第一〇刑事部昭和三四年二月二二日判決は、施設の長(刑務所長)が、在監者のために外登法一五条二項の代理申請規定によるのではなく、事務管理として外登法一一条一項の切替交付申請をしてもことさら無効と解すべきいわれはないとした。同判決は、実際上、施設の長が在監者のために外登法上の申請を事務管理として行っているという実態に鑑みて、あえて無効と解すべきいわれはないと判断したものであり、これは正に、申請義務者でない者による申請も適法となる場合があることを示した貴重な判例だということになる。

立法技術からすると、あらゆる事態を想定した代理申請規定を作ることは不可能であることも事実であるが、それにしても現行の外登法一五条二項は代理申請を許容する範囲を余りにも制限しすぎており、不合理な規定である。それ故にこそ在監者の問題が出てきた場合には矛盾が生ずるのであり(矛盾とは、外登法一条が在留外国人の公正な管理のために外国人登録を実施するとしている一方、代理申請規定の不備でこの目的が達せられないような事態が生じていること)、この矛盾を解消し、外登法一条の目的を達成するためには、代理申請に関する合目的的な解釈が不可欠となるのである。

すなわち、外登法一五条二項を厳格解釈していかなる場合でも申請義務者でない者からの申請を不適法とするのは、同法一条の趣旨をないがしろにするものであり、本末転倒の解釈となるので、外登法一条の目的を達成するために、申請義務者が申請をなしえない場合には、正確な申請を担保できる立場にある者からの申請を事務管理として適法になし得るものと解釈する必要がある。

これを本件に当てはめれば、外国人登録を要する控訴人は一六歳未満であり、外登法一五条二項の代理申請の要件を満たす同居者である母晴美が控訴人を代理して外登法三条の新規登録申請をしなければならないところ、同女による申請が期待できない状況の下にあっては、控訴人法定代理人親権者である父在一が控訴人の事務管理として右申請手続をする外なく、これを受理しても、同人が控訴人との面接交渉により控訴人に係る外登法四条に定める登録事項を把握しており、その正確性について十分担保できるものと認められるので、外登法一条の趣旨に鑑みると、これを敢えて違法と解すべきではない。

4 外国人登録がなされないことによる不利益について

原判決は、控訴人が外国人登録を受けていないことによって、具体的に不利益を被っているとの事実は認められないと判断しているが、誤りである。外国人登録を受けられないことによる具体的不利益を指摘すると、次の三点になる。

(一) 特別永住許可について

外国人登録をしていなければ、特別永住許可が得られないはずである。

控訴人も日本国籍を離脱し在日朝鮮人となったのであるから、在留資格を取得する必要があるところ、とりわけ「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(以下、特例法)」(平成三年五月一〇日法律第七一号)による「特別永住許可」の申請が可能となる。そして、実際控訴人は特別永住許可申請を親権者である父在一の代理申請によりなしたところ、一九九四年三月一日付で、特例法五条一項に基づき特別永住者として本邦で永住することを許可する旨の法務大臣の特別永住許可書が発せられた(<証拠略>)。

しかしながら、特例法五条による許可申請の為には、特例法施行規則五条一項で「特別永住許可申請書一通」「登録証明書」「平和条約国籍離脱者又は平和条約国籍離脱者の子孫であることを証する書類」が必要とされており、申請人が外国人登録していることが前提となっている。したがって、国は控訴人から特別永住許可申請がなされても、登録証明書の提出がないので本来当該申請を受理できず、許可を与えることができないはずのものである。

(二) 再入国許可について

出入国管理及び難民認定法二六条は、在留外国人の再入国許可の制度を設けているが、控訴人が一六歳になるまでの間に海外渡航しようとしても、外国人登録をしていなければ、再入国許可を受けられない可能性がある。

再入国許可制度は、在留外国人が一時的に海外渡航する場合、本制度がなければ本邦から出国するとそれまでの在留資格、在留期間が消滅してしまい、再び本邦に入国する時には再度所要の査証を取得し、上陸許可手続を経なければならなくなるが、この不都合を解消するために設けられたものである。再入国許可は法務大臣の自由裁量により与えられるものとされているが(この裁量権の行使の濫用が問題とされる場合もあるが)、法務大臣は、再入国許可申請があった場合、出入国の公正な管理を図る観点から、申請者の在留状況、渡航目的、渡航の必要性、渡航先国と我が国との関係、内外の諸情勢等を総合的に勘案した上再入国の許否を判断することになっている。

したがって、窓口では必ず登録証明書を提出させているはずであり、控訴人はこのままでは再入国許可申請をしても受理されず、海外渡航することは叶わない。

被控訴人(国)側からすれば、外国人登録は要件ではないと主張するかもしれないが、再入国許可申請に際して外国人登録されていない不利益が完全に解消されるわけでもないであろう。

(三) 自治体の各種助成制度の適用について

外国人登録をしていなければ、自治体の各種助成制度の適用もない。

今日、地方公共団体では、住民に対し様々な福祉行政上のサービスを提供しているが、今般、津市では、母子家庭医療費助成、乳幼児医療費助成、心身障害者医療費助成の各制度について、それまで同市内に住民登録されているか外国人登録をされている者に限定していたのを改め、未登録であってもこれら助成を受けられるよう条例改正し、平成七年一〇月一日から実施されている。

右の条例改正で控訴人が津市内に居住する限り右行政上の利益を享受することができるが、転居した場合には同じような問題が避けられず、本来日本人の子供達と同様の行政サービスが受けられてしかるべき控訴人が未登録による不利益をこれからも被る恐れがある。

よって、日本に在留する外国人、なかんずく特別永住者である控訴人が日本国内で生活する以上、公法関係においても、私法関係においても自己の居住関係、身分関係を公証しなければならない場面はいたるところで出て来る筈である。

5 児童の権利に関する条約と控訴人の登録申請の権利性

平成六年五月二二日発効した児童の権利に関する条約七条一項は「児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。」と規定している。

右条約七条一項の「登録」とは、日本人の場合は「出生届」(戸籍法)及び「住民票への記載」(住民基本台帳法)、外国人の場合は「出生届」及び「外国人登録」(外登法)を指すと解釈されている。

したがって、戸籍法、住民基本台帳法と外登法の規定の仕方、差異を殊更強調し、外国人登録申請は義務であって、権利ではないとする被控訴人の主張は児童の権利に関する条約とは相容れないものであり、このような解釈をすること自体が憲法一四条違反であり、児童の権利に関する条約違反である。

条約の場合、常に国内法的効力が問題とされるが、特に国際人権規約B規約は前国家的自然権的人権を保障することを内容としており、同規約第二条一項もわざわざ「この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」と規定して、同規約が自動執行(self-executing)の性格を有していることを明らかにしているので、当然に国内法的な効力があり、裁判規範として機能する。また、日本国憲法九八条二項が「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」としているので、この憲法の規定を根拠としてわが国においては、条約は法律に優先するものと解されている。

ところが、原判決は、一六歳未満の未成年外国人の登録申請資格をどのような範囲で定めるかは単に事務手続的問題であるとか、立法政策の問題であると理解し、控訴人の登録問題について外国人登録法の方が国際人権規約や児童の権利に関する条約より優位するかの如き態度をとったのは本末転倒である。

本件では、子供の登録権という人権を前提に外登法の合理的解釈をすべきである。

(被控訴人の当審主張)

1 外登法の目的及び外登法一五条二項にいう「同居者」の解釈について

控訴人の、外登法は外国人の人権ないし諸利益保護をも目的としているものであり、同法一五条二項が代理申請できる者の範囲を同居者に限定しているのは限定しすぎであり不合理であるとする主張は争う。

また、控訴人は、外登法一五条二項にいう「同居者」の意義は、同法四条一項に定める登録事項の正確性を担保し得る者か否かという実質的観点により定めるべきであり、「同居者」という文言に拘泥すべきではなく、当該外国人と別居している親権者も含まれると解すべきである旨主張するが、外国人登録申請義務は、申請義務者に対し罰則をもって強制されている以上、本来申請義務者の範囲は明確であることが必要であり、少なくとも法文の国語的意味の範囲を越える拡張解釈は許されないというべきであるところ、当該外国人と別居している親権者を「同居者」の国語的意味の範囲内の者であるということは到底できない。

2 申請義務者以外の者に登録申請資格を認め得るか否かについて

控訴人は、外登法は、当該外国人自身の人権ないし諸利益保護のため、申請義務者以外の者で当該外国人と一定の関係を有する者に代理登録申請の資格を認めていると解すべきである旨主張する。

しかし、外登法には住民基本台帳法二六条一項のように申請(届出)義務者以外の者による申請を許す規定は存しないし、多岐にわたる登録事項の正確性を担保するためには申請を行う者の範囲を限定することが必要であるから、控訴人の主張のように解することはできないものというべきである。

3 事務管理による外国人登録申請について

控訴人は、事務管理による外国人登録申請を無効と解すべきではないとした裁判例を引用し、申請義務者以外の者が事務管理としてなした申請も有効であり、したがってこれを受理しないことは違法である旨主張する。

しかし、控訴人が引用する裁判例の事案は、申請義務者本人が自らの意思のいかんにかかわらず自ら出頭し得ない客観的障害が存する場合であり、本件のように申請義務者である控訴人の母親が単に自らの意思により申請を行わないにすぎず、申請を行わないことに何らの客観的障害も存しないものとは事案を異にするものであり、また、その点を別としても、控訴人が引用する裁判例は、在監者である外国人につき、当該施設の長が事務管理として行った外登法二条一項の申請を市町村の長が受理していた場合に、その受理の効果が有効であることを前提として、在監者である外国人に出所後指紋押なつの義務が発生するとしたものと解すべきである。右裁判例においては、申請が受理されたか否かの点については言及されていないが、受理されなかった場合に指紋押なつの義務を生じさせることは不合理であるから、当該外国人と全く無関係な者が申請するなどして申請が受理されなかった場合にまで当該外国人に指紋押なつの義務が生じるとしたものと解することはできない。すなわち、右裁判例は、申請が現に受理されている特定の事案につき、受理による効力が発生する前提として事務管理による申請も当該事案については有効であると述べたにすぎず、したがって、市町村の長がかかる申請を受理しないことが違法であるか否かは別次元の問題であるというべきである。控訴人は、受理された場合の効力の有無の問題と受理しなかったことの適法性の問題とを混同している。

4 外国人登録がなされないことによる不利益について

控訴人は、外国人登録がなされないことによる不利益として、<1>特別永住許可<2>再入国許可<3>地方公共団体の各種助成制度、をそれぞれ受けることができない旨主張する。

しかし、控訴人において外国人登録がなされないことにより当該外国人が受けるとする右<1>ないし<3>の各不利益は、いずれも外登法が在留外国人の管理という公益の実現のために外国人登録制度を設けた結果として在留外国人が受けることとなった反射的利益を享受することができないというにすぎず、当該外国人に対し法律上保護された利益の侵害には当たらない。

また、右<1>ないし<3>の各不利益は、いずれも控訴人自身が個別的、具体的に受けている不利益ではなく、単に控訴人と同様の地位にある者が将来受けるかも知れないという一般的、抽象的な不利益であるにすぎず、かかる不利益の主張は、自己の法律上の利益に関係のある違法の主張とはいえないから失当である。

なお、控訴人が主張する不利益のうち、<1>特別永住許可については、控訴人は既に特別永住許可を受けているのであるから、右不利益に係る主張は、正に自己の法律上の利益に関係のない違法の主張である。

控訴人が主張する不利益のうち、<2>再入国許可については、控訴人が現に再入国許可を申請し拒否されたものではなく、また、近い将来再入国許可を申請する確実な予定があるとの主張もないから、単に将来において抽象的に再入国許可を申請する可能性があり、その場合に外国人登録証明書の提出がないことを理由に再入国許可を受けることができない可能性があるというにすぎない。かかる主張は、結局、自己が将来一定の法令の適用を受ける立場に立たされる可能性があるということにほかならず、現時点では当該不利益は抽象的に存在するにすぎないのであるから、かかる不利益は抗告訴訟によって救済を受けるべき具体的な不利益であるとはいえない。

なお、出入国管理及び難民認定法施行規則二九条に定める書類のうち、外国人登録証明書の提出は絶対的要件ではなく、これが提出されない場合に再入国許可を行うことができないものではない。外登法三条は、新規登録申請は本邦に入国した後九〇日以内、本邦において出生等した後六〇日以内に行わなければならない旨定めているところ、右期間内にいまだ外国人登録を行うことなく再入国許可を申請する外国人は多数あり、かかる外国人も現に再入国許可を受けている。

控訴人が主張する不利益のうち<3>地方公共団体の各種助成制度については、控訴人は現に津市において控訴人に必要な各種助成制度の適用を受けているのであるから、右不利益に係る主張は、正に自己の法律上の利益に関係のない違法の主張である。また、控訴人は、控訴人が他の市町村に転居した場合には各種助成制度の適用を受けられなくなるおそれがある旨主張するが、これは、単に将来における抽象的な可能性を主張するものにすぎないから、主張自体失当である。

そもそも、控訴人は、どの地方公共団体がいかなる助成制度に関し外国人登録を要件としているのかという点についての主張をしていない以上、控訴人の不利益は、将来の抽象的なものとの前提においてすら全く明らかにされていない。なお、仮にいずれかの地方公共団体が規定の文言上外国人登録を各種の助成制度の適用の要件としている場合であっても、それが未登録の外国人を助成の対象から排除する趣旨であるとは限らないし、また、もし未登録の外国人を助成の対象から排除する趣旨であったとしても、将来控訴人がその助成制度の適用を求めた時点で、当該地方公共団体は、津市の場合と同様にかかる取扱いは不合理であると判断し規定を変更する可能性もある。そうである以上、地方公共団体の各種助成制度に関しては、到底控訴人に具体的な不利益が及んでいるということはできない。

5 児童の権利に関する条約と控訴人の登録申請の権利について

外登法の規定が児童の権利に関する条約に違反する旨の控訴人の主張は争う。

第三証拠関係

原審及び当審の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  本件請求の訴えの利益について

被控訴人は、本件請求には訴えの利益がない旨主張するが、当裁判所も、控訴人は本訴につき訴えの利益を有し、これを却下すべきではないと判断するものであって、その理由は、原判決の事実及び理由欄の第三の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  父在一が外登法一五条二項に規定する控訴人の「同居者」に当たるか。

控訴人は、<1>控訴人の父在一は外登法一五条二項に規定する「同居者」ないしこれと同視すべき者に当たり、<2>また、仮にそうではないとしても、控訴人自身が外国人登録の権利を有する申請資格者であるにかかわらず、その行使ができないのであるから、このような場合、文字通り法定代理人である親権者である父在一が代理申請者の立場で登録申請できることを外登法は許容していると解するべきであり、したがって、父在一が、一六歳に満たない外国人である控訴人に代わってした控訴人の外国人新規登録の申請(本件申請)を、父在一が外登法一五条二項に規定する「外国人と同居する者」とは認められず、不適法な申請であるとして、本件申請を受理しないとした本件処分は、外登法一五条二項に違反して違法である旨主張する。

右の点については、当裁判所も、父在一は、外登法一五条二項に規定する外国人(控訴人)の同居者ないしはこれと同視すべき者に当たるともいえず、また、外登法が、本件のような申請を許容しているとは認められないから、本件申請をもって、外登法一五条二項に規定する外国人の同居者ではない者からなされた違法な申請であって、これを受理しないとした本件処分には控訴人主張の右違法はないと判断する。その理由は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の事実及び理由欄の第三の二に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  (原判決の訂正)

原判決一一枚目表四行目、同五、六行目、同一〇行目、同一一行目、同裏五行目、同一二枚目表一行目、同二行目、同一三枚目表四行目の各「母春美」をいずれも「母晴美」と改める。

2  外登法一五条二項は、外国人が自ら外国人登録申請を行うことができない場合に、その「同居者」に外国人登録申請の代理申請義務を課しているが、未成年者と同居していない親権者については、右義務を課していないことは、右規定の文言自体から明らかである。控訴人は、右の点についてるる主張するが、その主張は、つまるところ、父在一は、未成年者である控訴人とは同居していない親権者であるが、右規定を拡張解釈し、又は、外登法の趣旨に照らし、父在一による代理申請権を認めるべきであるとの主張に尽きるものである。

しかしながら、外登法一五条二項が右申請義務の不履行に対し過料の制裁をもって臨んでいることに鑑みれば、控訴人主張のように、右規定の文理を離れて拡張解釈することは許されないものというべく、また、代理申請義務者以外に本人以外の者に代理申請資格を認める規定を置いていないことは外登法の規定の体裁に照らし明らかである。この点に関する控訴人の主張は、独自の見解に基づくものであって、採用できない。

三  事務管理による外国人登録申請の代行として本件申請を受理すべきとの控訴人の主張について

1  前記認定のとおり、控訴人においては、親権者ではないものの母である晴美と同居しており、外国人登録申請をしようとする意思がありさえすれば、外国人登録申請を代理人によりなすのに何ら障害がない状況にあるのであって、代理申請義務者が現に存在する場合であるのに対し、控訴人が援用する裁判例は代理申請義務者の存在しない場合であって、本件とは事案を異にすることは明らかである。そうすると、控訴人の引用する右裁判例は、本件の先例となるものではない。

2  また、上記認定事実によれば、本件は、控訴人が、外登録法上の代理申請義務者である母晴美を通じて、外国人新規登録申請をしない旨表明している(その限りでは、外登法上母晴美に外国人新規登録の代理権が与えられていると解すべきである。)と見ることのできる事案であるから、本件においては、そもそも、右意思に反した事務管理が成立する余地もないというべきである。

3  そうすると、事務管理による外国人登録申請の代行として本件申請を受理すべきとの控訴人の主張は採用できない。

四  本件処分が外登法の趣旨、憲法二二条、国際人権規約B規約二四条一、二項、児童の権利に関する条約七条一項等に違反し、違法か。

控訴人は、外国人登録の申請義務者である同居者が登録申請義務を履行しない本件のような場合においては、同居者でない親権者に代理申請資格を認めることが外登法の趣旨に合致するところであり、また、控訴人の同居者でない父在一について外国人登録申請の代理資格を認めないとする本件処分は、児童の登録を阻み、控訴人が外国人として登録されないまま不安定な状態に置かれている状態を生じさせるものであって、本件処分は、外登法の趣旨に反し、国際人権規約B規約二四条一、二項、児童の権利に関する条約七条一項の児童が登録される権利、児童の保護の措置等に違反し、さらに外国人登録されないと日本国籍からの離脱が事実上困難になって憲法二二条の国籍離脱の自由の精神にも反する違法な処分である旨主張する。

しかしながら、当裁判所も、本件処分には控訴人主張の違法事由はないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加するほか、その理由は、原判決一三枚目裏三行目冒頭から同一六枚目裏六行目末尾までの説示と同一であるから、これを引用する。

1  一六歳に満たない未成年外国人の登録の代理申請資格をどの範囲の者に認めるかは、手続的な事柄であり、立法政策の問題である上、外登法の規定は、一六歳未満の外国人について同居者により漏れなく登録できるように代理登録の申請義務者を規定しているのであって、その規定の仕方自体が、国際人権規約B規約二四条一、二項、児童の権利に関する条約七条一項の精神に反するものとはいえない。

2  また、本件処分は、外登法の定めるところに従い、登録申請資格のない者からなされた登録申請を受理しないとしたにすぎない。

3  控訴人は、控訴人には登録される権利があるとして、控訴人が外国人登録を受けていない状態に置かれていることから救済されるためには、父在一からの本件申請を受理すべきであり、これを拒絶した本件処分には前記のような違法事由がある旨主張するが、控訴人が外国人登録を受けないまま経過しているのは、親権者である父在一と、監護権者であり、かつ外登法上の代理申請義務者である母晴美との間の、控訴人の国籍の去就及び外国人登録申請の是非を巡る深刻な意見の対立が原因となっていることは明らかである。もとより右の問題は控訴人のために速やかに何らかの解決が図られるべき問題であるが、問題の性質がなによりも子供の人権と福祉に係わるものであることを考えると、まずは、父在一と母晴美の話合いによって解決されるべきものであり、父又は母の一方的な意思によって決せられて良いといった問題ではない。そして、両者間で話合いが付かないために子の福祉に支障を来すというのであれば、家庭裁判所における親権者又は監護者の変更手続を経ることによって解決することも可能なのであるから、本件処分が控訴人の外国人登録申請の手段を奪い、控訴人主張のような違法事由が直ちに発生するということもできない。

4  控訴人が、本件申請が受理されないことにより不利益を被っている旨主張するが、その主張する不利益の内容は、いずれも抽象的で具体性に欠けるか、あるいは将来の可能性をいうにすぎないことは、弁論の全趣旨により明らかであるから、いずれにしてもそれのみでは、本件処分を違法とするには足りないというべきである。

五  以上によれば、外国人登録申請の資格のない者からなされた外国人登録申請を受理しないとした本件処分は適法であるから、本件請求は理由がない。

第五結論

よって、本件請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺剛男 菅英昇 矢澤敬幸)

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